習い事が発達障害の子供の負担にしない。親の配慮が必要です。

息子が三歳前の時に、発達障害が判明。

グレーゾーンで、健常児と同じになるか、障害として残るが医師にも判断が付かないと言われました。ショック…

それでも、姉が新瑞橋のピアノ教室に通っていて、弾くピアノを見て育ったからか、ピアノを弾きたがるんです。

母親の私が弾く時は、私の膝に座って一緒に弾くことが本当に楽しそうでした。

ピアノを楽しむ、負担にならない習い事

姉と同じ新瑞橋駅近くのピアノ教室に通うことに。上達を急ぐ余りに、友達に後れを取らないために、叱咤激励して練習を強要する事はしないと決めました。

その旨を最初に先生にも伝えて、習う本は一冊、習う曲も一曲。どんなに間違って弾いていても、家では訂正しない事も伝えました。

ピアノは楽しい。音楽が楽しい。もっと習いたい。ずっと習いたい。そのような気持ちで習い続けて欲しかったのと、楽しく習っている間に、知らず知らず色んな能力が身に付くことを期待したからです。

訓練とか、辛い記憶を残さずに、音楽を通じて能力を伸ばすことができたら、それが一番良いと思ったからです。

思惑どおり、苦にすることもなく、いつも楽しそうに息子はピアノを弾いていました。

負担にならないように気を付けました。姉の時は相当厳しく接したのですが、息子には、ただ楽しむだけで良いと割り切っていましたので、私自身も楽だったように思います。

結局は、思った以上の結果を得ることができました。

年長さんから習い始めて、のんびり進んだにも関わらず、思った以上の早さで上達したのでした。

性格が素直であり、習ったことをすんなりと身に付けていった感じです。

しかも、若くて可愛い先生だったので、子供ながらも、先生に対して良い恰好をしたかったみたいです。毎週送り迎えの車の中でも楽しそう。

ちょっと遠いけど新瑞橋まで送迎するかいがありました。

上手に弾いてびっくりさせたいとか、褒めて欲しいとか、いそいそと自分から頑張っていました。

これは、母親が想定しなかった意外な盲点でした。

先生が来るのをそわそわと待っていて、おやつの準備まで怠りないか確認しているのは、ちょっと笑える光景でもありました。

そして、いつの間にか、本は三冊になり、結構な量の曲を貰っている息子に成長していました。

何も期待していなかった母親の私としては、おまけの方が大きかったような感じでした。

意外なことにポイントは、一冊とか一曲とかではなく・・・若くて可愛い先生だったのでした。そして、どんどん上達して、小学生ながらも、ショパンの子犬のワルツをバリバリと弾きこなす息子になりました。

小さな手で、ショパンやバッハを弾く息子の姿を惚れ惚れと見る私がいました。男の子がピアノを弾く姿って、女の子以上に素敵で恰好良いなあと思いつつ・・・

発達障害も消えて…

最後には、ピアノコンクールで入賞するまでになりました。

全く想定外でしたが、息子自身が、いつの間にか、それを目標にしていました。

そして発達障害も消えて、何の痕跡も無い感じに育ちました。多くを望まず、できることから、好きなことから、その子のペースを認めて伸ばすことが大事なんだなあと思った次第です。

ピアノの練習を強要された姉よりも、結局は、息子の方が、ずっと音楽が身近な人生を送っている感じです。

今息子が興味をもっているのがロボット教室

大会にでるには仲間同士の協力が必要なんだとか。ちょっと難しいような気もするけど、楽しいから意外と挫折しないと聞いたけど…。

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